トレンドと変革者たち

日本の寄付の今 そしてこれから
③ 日本のフィランソロピーが向かう先

法制度改革、国際連携、そして新たな世代の可能性

本シリーズの第1回・第2回では、日本のソーシャルセクターの現在地と、それを長年縛ってきた硬直した仕組みにひびが入り始めていることを取り上げました。最終回となる今回は、これから何が起き得るのか、そして米日財団が今後担っていきたい役割についてご紹介します。

「日本のフィランソロピー/ソーシャルセクターは、今まさに大きな成長の可能性が期待される転換点にある」(69)

この変化の兆しは確かなものです。長らく停滞していたセクターが目を覚まし始めています。インパクト投資やフィランソロピー・アドバイザー、企業とNPOの連携といった新たな動きが広がりつつあり、日本の市民社会は少しずつ勢いを増しています。

しかし、日本のソーシャルセクターが、米国のように革新を生み出すリスクテイク型の推進力へと本格的に成長していくためには、より深い構造的な変化が求められます。良いニュースとして、そうした変化の多くはすでに始まりつつあります。今回はその締めくくりとして、私たち米日財団が考える今後のステップ、そして他の財団とともにこの流れをどのように後押しできるかについて、簡単にご紹介します。

成長を縛ってきた規制の見直し

何十年にもわたり、日本の非営利法人制度は、団体の運営に対して硬直的なルールを課してきました。たとえば公益法人は、毎年ほぼすべての資金を使い切ること、年間収支を必ず均衡させること、資産を遊ばせないこと、などが求められてきました。

こうした制約のもとでは、長期的な投資や新たな試み、そしてソーシャル・イノベーションを支えるような「リスクを取る力」は育ちにくくなってしまいます。

しかし、今まさに大きな制度改革が目前に迫っています。2025年4月から、公益法人制度の改正により、団体が財政的な黒字を翌年以降に繰り越したり、将来の公益事業のための積立金を確保したり、事務手続きを簡素化したりできるようになります。これは単なる事務的な調整ではなく、日本のNPOや財団のあり方そのものに関わる抜本的な変化です。

「公益法人の活動の実効性を高め、民間からの公益への貢献を促進するために…長期的な財政均衡の容認、資金の積立ての容認、事務手続きの簡素化等の改革が提案されている」(24)

この改革により、日本のソーシャルセクターは、より柔軟でインパクト志向の活動が可能になります。後手に回るのではなく、課題に対して先回りして動けるようになることが期待されています。

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ドナー・アドバイズド・ファンド導入の兆し?

米国のフィランソロピーにおいて、最も影響力のあるツールのひとつがドナー・アドバイズド・ファンド(DAF)です。これは、個人が資産を拠出して即時の税制優遇を受けつつ、時間をかけて助成先を選定・分配できる柔軟な仕組みです。米国では急速に普及しており、2021年時点で128万件以上の口座に2,340億ドル(約34.7兆円)を超える資産が預けられています。

現在のところ、日本にはDAFに相当する制度は存在しませんが、今後状況が変わる可能性があります。2024年に改訂された「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」には、民間資金を公共目的に動員する戦略の一環として、日本版DAFの導入が盛り込まれています。

「日本版ドナー・アドバイズド・ファンド(DAF)の導入が言及されたことは、有望な動きである」(52) 

もっとも、資産管理、助成タイミング、ドナー関与のあり方など、制度設計と法的整備にはまだ課題が残されています。それでも、この制度への関心の高まりは、より柔軟で参加型の寄付インフラの実現が視野に入ってきたことを示しています。

その一方で、日本フィランソロピック財団などの中間支援組織では、すでに「デザイン基金」(DDF)という仕組みが提供されています。DAFとは異なり、DDFではドナーが支援したいテーマや地域、課題を指定し、財団がそれに沿った助成方針を策定、第三者の選考委員会を通じて助成先を決定します。

「ドナーデザイン基金は、ドナーが望む社会貢献に沿って基金を設計できます。ただし、DAFのようにドナーが助成先を直接助言することはできません」(34)

法制度の整備が進むまでの間、こうしたDDFは、ドナーの意図を実現可能な寄付として具体化し、効果的な社会的インパクトへとつなげる重要な仕組みとなっています。

新たな意志をもつ新しい財団の登場

日本の財団はこれまで、研究支援や奨学金給付を中心に活動し、設立時に定められた特定の目的に従って事業を展開してきました。法的枠組みに縛られ、柔軟で戦略的な助成を行うことが難しいケースも少なくありませんでした。しかし近年、ソーシャルインパクトを重視する新たな世代の財団が、こうした既存の型を打ち破りつつあります。

  • たとえば、起業家の久田哲史氏が設立した公益財団法人「Soil」は、非営利スタートアップに対してシード助成を提供しています。これは、日本のソーシャルセクターにおける初期資金の慢性的な不足に対応する取り組みです。
  • また、MIXI創業者の笠原健治氏が立ち上げた「みてね基金」は、子どもや家族を支援する団体に対し、柔軟かつ信頼に基づく助成を行っています。同財団は、成果指標の押しつけよりも、人と人との関係構築を重視しています。
  • さらに公益財団法人「PwC財団」は、PwC Japanグループの支援のもと、テクノロジーを活用して地域医療や高齢者支援といった社会課題に取り組むソーシャルベンチャーを支援しています。

「投資や融資といった金融的手法を活用し、非営利団体だけでなく、ソーシャルベンチャーへの支援を通じて、社会的インパクトの創出を目指す新たな財団が登場している」(48)

こうした動きは、「誰が寄付するのか」だけでなく、「どう寄付するのか」が変化しつつあることを示しています。これらの新しい財団は、より起業家的で、成果志向が強く、短期的なアウトプットよりも、助成先団体の組織的な基盤づくりを重視しています。

支援の空白を埋めるアドバイザーと評価機関

新しい寄付者や財団が登場する一方で、日本では、他国においてフィランソロピーを効果的かつ身近なものにしている支援体制が依然として不足しています。

本レポートでは、専門的なフィランソロピー・アドバイザーの希少性が指摘されています。アメリカでは、認定を受けたアドバイザーが、寄付戦略の立案、非営利団体の評価、税務・法務上の管理などを担うのが一般的です。

日本には、米国の「Chartered Advisor in Philanthropy(CAP)」に相当する制度は存在していませんが、同様の資格や研修プログラムを整備しようとする初期的な取り組みが始まりつつあります。

「フィランソロピー・アドバイザーや評価機関といった専門的人材や情報の面で、支援のエコシステムが弱い」(5)

また、非営利団体の評価インフラも十分ではありません。「CANPAN」や「グッドガバナンス認証マーク」などの仕組みは存在しますが、その認知度や利用率は、米国のCharity NavigatorやGuideStarといったプラットフォームと比べるとまだ限定的です。これらの評価機関は、透明性や成果に基づいて非営利団体を検索・評価できるようにすることで、寄付者の意思決定を支えています。

こうした「中間層」──すなわち、資金と社会課題をつなぐプロフェッショナル、人材、プラットフォーム、仲介組織──への投資は、日本のフィランソロピー文化を断片的なものから、整った持続可能な仕組みへと進化させるために不可欠です。

日米協働による移行の加速

本レポートの重要な指摘のひとつは、日本の変革は孤立して進める必要はないということです。アメリカのモデルをそのまま模倣するのではなく、連携を通じて協働的に適応・共創していくことで、日本の変化を後押しする多くの可能性があると述べられています。本報告書では、日本の変革を加速させるために、以下のような具体的な協働の枠組みが提案されています。

  • アメリカのアドボカシー分野の専門家が、日本の非営利セクターのリーダーにメンタリングを行う研修プログラム
  • 日本の若手財団リーダーが、アメリカの同世代と実践的な知見を共有する交流プログラム
  • 在米日系フィランソロピストによる日本支援のための寄付プラットフォーム
  • 海外の資金提供者と日本の草の根団体をつなぐ視察ツアーやカンファレンスの開催

こうした取り組みは、単に資金を呼び込むだけでなく、信頼関係の構築や学びの促進、共通の枠組みづくりをもたらすことで、フィランソロピー・エコシステムの成熟に欠かせない要素となります。

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門出に立つセクター

「転換点」という言葉は使い古されていますが、現在の日本のソーシャルセクターには、まさにそれが当てはまるかもしれません。

長年にわたって成長を制限してきた障壁は、法制度改革によって緩和されつつあります。慎重ながらも、社会的価値の創出へと富が動き始めています。新たなアクターたちは、助成金やローン、カタリティック投資など、さまざまな資金のかたちを試みています。そして、特に若手のビジネスリーダーを中心に、セクター横断的な連携が当たり前になりつつあります。

「財団は、意図をもってインパクトを生み出すために、非営利団体やソーシャルベンチャーに対して柔軟かつ長期的な資金を提供している」(71)

もちろん、課題はまだ山積しています。しかし今、はっきりとした道筋が見え始めており、それは通行可能であるだけでなく、これまでになく明るく照らされつつあるのです。

もしこの動きが、的確な政策、制度的な革新、そして協働的なリーダーシップによって支えられれば、日本のフィランソロピー・セクターは、より戦略的で持続可能、かつ国際的につながりのある「善の力」として成長できる可能性があります。

「ソーシャルセクターの各ステークホルダーを支えるエコシステムを強化することによって、ソーシャルセクターは社会的イノベーションを生み出す中核的な担い手となることができる」(5)

これこそが、私たちの前に広がるチャンスです。そして、その実現に向けた取り組みは、まさに今、始まろうとしています。

日本ファンドレイジング協会による本レポート全文(英文)はこちらからお読みいただけます。

 

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