助成先 | 静岡大学 (2025年1月受賞)
プロジェクト | 日米における人口減少への対応策
世界は今、年を取り、そして空洞化しています。2024年時点ですでに63か国が人口減少に直面する中、日本は世界でも最も急速な人口減少を経験しており、2015年の1億2700万人から2065年には8800万人へと縮小すると予測されています。太平洋を挟んだアメリカでも、地方の町が同様に人口減少に苦しんでいます。出生率の低下や高齢化により、学校予算、医療スタッフ、公共サービスなどが限界に達しつつあります。こうした現象を単なる政策課題としてではなく、個人的な課題として捉えているのが、「境界を超えて 日米における人口減少への対応策」プロジェクトのチームです。
日本の静岡大学とアメリカのピッツバーグ大学の研究者たちが中心となり、米日財団の支援を受けて進められているこのプロジェクトは、人口危機にデータや政策提言だけでなく、「物語」を通して取り組んでいます。衰退に抗いながら生きる地域の物語、高齢化のなかでの回復力の物語、そして人口減少の現実とともに暮らす人々自身が語る物語です。
国境を越えたチーム 個人的な思いを胸に
このプロジェクトを率いる研究者たちは、それぞれが高い専門性を持つと同時に、この課題に対して深い個人的な関わりを抱いています。
政治経済を専門とするピッツバーグ大学の政治学者、清水 薫氏(USJLP 2011, 2022)は、日本出身でありながら現在は米国で教鞭をとっています。彼女は、いわゆる「サンドイッチ世代」に属しており、高齢の親と子どもの両方を支えながら働いています。「母はアルツハイマーの初期段階にあり……父は膀胱と前立腺の摘出手術を受けたばかりです」と語ります。清水氏の世代、とくに女性には、同じように2つの世代のケアを担いながら、家族全体が頼る仕事をフルタイムで続けている人が多くいます。これは個人や家庭の問題にとどまらず、政策やその実施に関わる社会的課題でもあります。
静岡大学で民法を専門とする村越 壽代氏(USJLP 2022, 2023)は、静岡県社会福祉協議会の苦情解決委員としても活動しています。法的な相談の現場では、善意の施策が思わぬ結果を生んでいる現実を目の当たりにしてきました。人口問題に対応するために新設される施設は増えていますが、必ずしも十分な専門性を備えているとは限りません。「新しい施設は比較的簡単に許可を得て運営を始められます」と村越氏は説明します。「そのため専門的な訓練を受けていない人でも運営できてしまうのです。その結果、意思疎通が難しいコミュニケーションの問題が生じ、最悪の場合には虐待事案に発展することもあります」と指摘します。
福岡出身で、現在はハーバード大学T.H.チャン公衆衛生大学院(ボストン)に所属する原口 正彦氏(USJLP 2022, 2023)は、災害対応を研究し、地震被災地でのボランティア活動にも取り組んできました。防災とレジリエンスの専門家である彼も、自らの家族の将来について率直に不安を口にします。「海外にいるので、両親の健康が悪化したときにどうすればいいか心配です」と話します。



左より清水氏、村越氏、原口氏
そして、米国シアトルで都市計画に携わるサラ・シーロフ氏(USJLP 2022, 2023)は、建築と空間の視点からこの問題に取り組んでいます。彼女が問いかけます。「人口減少と税収減のなかで、地域社会はいかにして住みやすさを保ちながら適応していけるのだろうか?」
政治学、法学、公衆衛生、都市計画──こうした多様な分野の専門家である4名はいずれも、米日リーダーシップ・プログラム(USJLP)のフェローです。人口問題に対する切実な思いと、専門分野を超えて築かれたつながりが彼らを結びつけています。原口氏はこう語ります。「USJLPを通じて、さまざまな分野の人々とつながり、共通の課題意識を共有しています。この立場から一つの問題を多角的に見ることができるのです。幅広い専門分野の視点から重要な社会課題に取り組めることは大きな強みであり、また、USJLPが日米双方の専門家を結びつけていること自体が他にはない大きな魅力だと思います。」
なぜ静岡とピッツバーグなのか
東京やワシントンD.C.が注目を集めがちですが、人口減少の危機が最も深刻に進行しているのは地域レベルです。だからこそ、静岡大学とピッツバーグ大学の協働には大きな意味があります。
静岡大学法学部は、地域社会との実践的な関わりと学際的なアプローチで知られています。一方、ピッツバーグ大学ガバナンス・アンド・マーケッツ・センターは、公共政策、特に地方ガバナンスや格差問題に関する豊富な経験と専門性を有しています。両大学は地理的にも戦略的な位置にあり、グローバルな知見とローカルな知識を結びつけるという本プロジェクトの理念を体現しています。
課題からアプローチへ
「境界を超えて 日米における人口減少への対応策」のチームは、研究にとどまらず、その成果を政策立案者、実務者、そして一般市民へと広く届けることを目指しています。プロジェクトの核心にあるのは、「ストーリーテリングこそ戦略である」という信念です。このプロジェクトでは、両国の地域リーダー、研究者、政策担当者を招いたポッドキャストやYouTube動画シリーズを制作しています。地理、言語、政治体制の違いを越えて人々をつなぐ「語りの架け橋」を築く試みです。このシリーズでは、特に日米両国の次世代リーダーとして活躍するUSJLPフェローたちが中心的な役割を果たしています。
こうしたストーリーを生き生きと伝えるために、チームは学会発表や論文という枠を超える必要があると考えました。その一つの手段が映像でしたが、それは新たな挑戦でもありました。「正直なところ、私たちは映像制作に関しては全員素人です」と清水氏は語ります。「プロジェクトを始めたとき、課題そのものについての理解は十分にありましたが、映像制作のスキルは同じレベルではありませんでした。」しかし、技術的な経験不足を補って余りあるのが、明確な目的意識でした。
助成金がもたらしたもの
米日財団の助成金により、チームはこの新しいアプローチを柔軟に試すことができました。米日リーダーシップ・プログラム(USJLP)のメンバーへのインタビュー撮影、政策立案者とのポッドキャスト収録、そしてそれらの物語を広く発信することが可能になりました。助成金はまた、映像制作者の雇用や機材のレンタル、さらに京都で開催されたUSJLP年次会議など、現地での共同収録にかかる旅費などの技術的な費用も支援しました。
チームはこの助成金の持つ「日米双方を対象とした」稀有な性格を強調します。「日本とアメリカの双方を支援する助成制度はそう多くありません。本当に素晴らしいことです」と原口氏は語ります。
メディアを通じたイノベーションとチェンジメーカーのネットワーク
「短期的な目標は、できるだけ多くのストーリーを伝えることです。特に、USJLPコミュニティの中で素晴らしい活動をしている人々の話を取り上げたいと思っています」と清水氏は説明します。現在550名を超え、中には米国議会や日本の国会議員も含まれるUSJLPのネットワークを活用し、「より身近な形で政策に影響を与える」ことを目指しています。
各収録は、人口減少と高齢化が日米両国の地域社会にどのような影響を与えているかを映し出すスナップショットです。日本の地方都市から米国中西部の町まで、法制度改革、非営利活動、都市再生など、さまざまな形で課題に取り組む人々の姿が記録されています。原口氏はこう語ります。「学者や政策担当者の声だけでなく、現場で実際に変化を起こそうとしている人々の声も発信したい。そうした声を捉え、国や文化を超えて共感できる視点から伝えられたら理想的です。」
村越氏は、こうした活動のなかで新たな課題を見出しています。良い取り組みが地域レベルで生まれても、それが上層には反映されにくいという点です。「たとえ優れた自治体の事例を特定できても、それが国の政策には反映されません」と指摘します。地方自治体同士の横のつながりは強い一方で、「国と地方をつなぐためには、異なるアプローチが必要です」とも語ります。その橋渡しがなければ、「現場の職員が疲弊し、次々と離職してしまう」と警鐘を鳴らします。こうした地域の実情こそ、「境界を超えて 日米における人口減少への対応策」チームが記録し、共有しようとしているものです。
より幅広い層に届けるために、チームはデジタル発信戦略を設計しています。メディアとインタビューを組み込んだ公開ウェブサイトの立ち上げ、主要プラットフォームで配信する全4回のポッドキャストシリーズ、ソーシャルメディアでの発信、そしてUSJLPネットワークと連携した対面型ワークショップの開催です。ワークショップは2026年春に東京で、2027年春にピッツバーグで実施予定です。
縮小する未来に向けた新しい物語
チームは明確に言います。このプロジェクトは、まだ始まりにすぎません。原口氏は「日米双方からの相互学習」が目的の一つだと説明します。特に、より活発な米国の非営利セクターから学ぶ点が多いといいます。また、これは高齢化や出生率の問題にとどまらず、「地域社会の多様な人々をどのように支えるか」という課題でもあると強調します。清水氏も長期的な展望を語ります。「私たちの究極の目標は、それまで何か行動を起こすことを考えなかった人々の間にも新しいアイデアを生み出し、協働を育むきっかけをつくることです。」
人口減少という課題は容易なものではありません。しかし、「境界を超えて 日米における人口減少への対応策」のチームは、その解決策が決して不可能ではないことを示しています。物語が戦略と出会い、協働が国境を越えるとき、「衰退」は「崩壊」を意味しません。それはむしろ、新しい始まりになり得るのです。