助成先:LEDGE (2025)
プロジェクト:クロスボーダー法的エンパワメント・プロジェクト
立候補年齢訴訟──理想と現実のあいだで
たとえば、今の日本で18歳になった若者を想像してみてください。投票権もあるし、契約も結べる。法律上はもう大人です。でも、もし地元の選挙に立候補したいと思ったら──そのときは、あと何年も待たなければなりません。日本では、投票年齢や成人年齢が18歳に引き下げられたにもかかわらず、国政選挙に立候補できるのは最低でも25歳(衆議院)または30歳(参議院)からです。未来を形づくる意欲を持った若者に対し、法律が発するメッセージは明快です──「まだ早い」。
このようなケースは「公益訴訟」と呼ばれ、法と社会のミスマッチを問い直す重要な手段です。こうした訴訟は、司法制度の健全な機能を支えるだけでなく、法律が社会にどう作用すべきかを問い直す役割も果たします。けれども、実際には日本でこの種の訴訟が起こされることはほとんどありません。多くの人にとっては、時間も費用も、そして法的支援も足りないからです。
実際、日本において公益訴訟は依然として非常に稀です。違憲判決が出された法律はほんの一握りしかなく、ソーシャル・ジャスティス(社会正義)の実現をめざす訴訟の多くは、私的業務の傍らでこうした活動を担う、志ある弁護士たちの限られた数の手に委ねられてきました。日本に法律の専門性や市民の関心が欠けているわけではありません。足りないのはインフラ──つまり、長期戦になる公益訴訟を可能にするための制度、ネットワーク、支援体制なのです。
そこで登場するのが、LEDGE(レッジ)です。
2023年に設立されたLEDGEは、日本初の常設型・公益訴訟専門組織です。米日財団の支援を受けながら、単に訴訟に勝つことを目指すのではなく、より多くの弁護士、法律事務所、そして依頼者が司法を通じて正義を求められるエコシステムの構築を目指しています。
その手法のひとつが、米国の法律事務所と日本の公益弁護士との国際連携なのです。
個別の訴訟ではなく仕組みをつくる
この取り組みは「クロスボーダー法的エンパワメント・プロジェクト」と名づけられ、日本に拠点を置く米国系法律事務所と、日本の公益弁護士とのあいだに、持続可能で対等なパートナーシップを構築することを目的としています。日本と米国の両方で資格を持つ弁護士で構成されるLEDGEのチームは、それぞれの法制度の強みを熟知しており、制度の違いの中にこそ可能性があると考えています。
「日本では長年、少数の弁護士がプロボノ(無償)で公益訴訟を担ってきました」とLEDGEの理事・谷口太規弁護士は語ります。「私たちはその状況を変えるために、日本で初めて、公益訴訟に専業で取り組む組織を立ち上げました。ここにプロボノネットワークを本格的に築くことができれば、もっと大きな社会的な動きにつながると信じています」と続きます。
このプロジェクトは二段階で進行します。第一段階では、日本国内の米国系法律事務所が、どの程度プロボノ活動に関心や能力を持っているかを調査します。多くの事務所が、社会貢献への意欲や社内方針を持っていても、日本国内でそれを実行に移す道筋がないのが現状です。そして第二段階では、具体的な訴訟に関わる提携先の事務所を選定し、共同でパイロットプロジェクトを始動。そのプロセスをレポートとして記録し、今後のモデルとなるよう発信していきます。
国を超えて 共に学び共に挑む
このアプローチは、日米双方にとって大きな意義を持ちます。日本の法律関係者にとっては、外国の判例や戦略的な法的アプローチ、専門的なリサーチ能力にアクセスできる機会となります。一方で、米国の法律事務所にとっても、これまで難しかった日本での公益活動に関わる具体的な道筋を得ることができます。
このプロジェクトのユニークな点は、一方通行ではなく相互学習を重視していることです。米国の弁護士が専門知を提供するだけではなく、日本の法制度や文化的背景に対する理解を深め、市報へのアクセスや法的公平性、改革のあり方について、国際的な対話を共有していくことを目指しています。今のような地政学的緊張や内向き志向が高まる時代について、谷口弁護士は「人権をめぐる課題は多くの国で共通しています。ひとつの国で人権をめぐる訴訟に突破口が開かれれば、他国でも同様のケースに影響を与えうるのです」と話します。
このプロジェクトの協働は、まさにこの国境を越えてつながる課題性に正面から向き合い、一国の枠を超えた重要な課題に共に取り組むため、両国の知見とリソースを結集するものです。LEDGEのリーガル・アソシエイトであり、ニューヨーク州の弁護士資格を持つ池田クラリス氏も、国境を越えた連携の意義を強調します。「世界中で人権が脅かされる時代において、このプロジェクトの重要性はこれまでになく高まっています。国境を超えた協働と連帯は、これまで以上に不可欠です」
今このタイミングで必要な理由
LEDGEはすでに、今日の日本社会において公益訴訟が持つ力を象徴するような、以下のような複数のケースに取り組んでいます。
選挙権・成年年齢が18歳に引き下げられたにもかかわらず、立候補年齢は変更されていない現状を問う立候補年齢の見直しを求める訴訟
- 人種・民族を理由とした職務質問の根絶をめざす、警察によるレイシャルプロファイリングを問う訴訟
- 不妊手術という手段の禁止に反対する生殖に関する自己決定権の訴訟
- アイデンティティやキャリアにも影響する姓の選択権を主張する夫婦別姓も選べる社会を求める訴訟
これらは単なる象徴的な訴訟ではありません。法的な前例をつくり、政策を改善し、人々の権利を守る可能性を秘めた、きわめて実践的な挑戦です。ただし、こうした訴訟は、時間も、専門性も、継続的な支援も必要とします。特に、原告が制度的な壁に直面するような場合はなおさらです。
だからこそ、プロボノの協働は「あったらいいもの」ではなく、「なくてはならない土台」なのです。
米日財団の視点から──法の力をつなぐ双方向の連携
このプロジェクトは、米日財団が掲げる「両国が協働して社会課題に取り組む」姿勢を体現するものです。双方が対等に力を持ち寄り、共に変わって帰る──そのような連携を、私たちはこれからも応援していきます。
米国の法律事務所と日本の公益弁護士を繋げることでLEDGEが実現しているのは、個別訴訟の支援だけではありません。法的な人材育成、プロボノ文化の醸成、そして公平な司法の基盤づくりへとつながる、長期的な制度づくりの第一歩なのです。
米日財団は、一つの目的だけでなく法曹界間の永続的な架け橋となるプロジェクトを支援できることを誇りに思います。こうした取組が、組織や制度だけでなく、個人の人生や社会全体に波及していく──それこそが、私たち米日財団が支援したいと考えている成果です。
静かに けれど確かに積み上げるもの
LEDGEが行っていることは派手ではありません。大きな見出しやバズワードが並ぶわけでもありません。でも、日本における「正義の追求」の条件そのものを静かに変えていき、世界的な貢献を目指す米国の法律専門家に新たな役割を提供していく可能性を秘めています。
小さなチーム、明確な戦略、そして米日財団の支援で行われるLEDGEの取り組みが、「仕組み」が「志」と出会ったとき、そして国際的な連携が単なる善意ではなく、共通のツール・目標・努力に支えられたときの力強さを証明しています。谷口弁護士はこう話します。「これまでのところ、反応は非常に前向きです。日本とアメリカの多くの法律専門家が、LEDGEとのプロボノ連携に本気で関心を持ってくださっていて、実際に具体的な進展も生まれています。この流れが、確かに動き出しているのを感じます」