助成先 | 一橋大学 (2025年1月受賞)
プロジェクト | アジアにおけるリスクに直面する民主主義擁護者(DAR)支援に向けた日米協力
「実は、私たちが今担当しているケースの人たちは……いまも拷問を受け続けているのです。」一橋大学でプログラムを率いる市原麻衣子氏は、現在保護下にある人物についてこう語ります。日々向き合っている現実を静かに述べた一言ですが、その背後には命に関わる切迫した状況があります。支援対象となるのは、アジア各地で活動する人権活動家、ジャーナリスト、野党関係者など。彼らは単に民主主義の理念を掲げているだけではありません。その姿勢ゆえに追われ、拘束され、そして一部は拷問を受けています。
東京・一橋大学キャンパスの一角にある控えめなオフィスで、小さなチームが彼らの闘いを支えています。
意外な「避難の場」
日本は一般に、人権擁護の拠点として知られているわけではありません。外交面では長らく平和と民主主義を重視してきたものの、国内の制度が迫害の危機にある個人を直接保護する機能を担ってきたとは言い難い状況でした。こうしたなか、2024年に一橋大学のグローバル・ガバナンス研究センター(GGR)が立ち上げた「Democracy Advocates at Risk(DAR)」プログラムは、静かに、しかし革新的にその現状を塗り替えつつあります。
DARを率いるのは、国際関係論と民主主義支援を専門とする市原麻衣子氏です。同プログラムは、母国で迫害の危機に直面するインド太平洋地域の民主化支援者に、一定期間の避難先を提供しています。DARの特長は、支援対象だけではありません。欧米への移住を前提とする多くの保護プログラムとは異なり、DARは当事者が自らの国や地域社会、取り組む課題との距離をできる限り保ちながら安全を確保できる仕組みになっています。状況によっては、日本がその「安全な港」として受け入れ先となることもあります。
「博士課程の最初の頃から、民主主義支援について調査してきました。特にアジアにおいて、どのようなアクターが他国の民主主義を支えてきたのかに関心がありました」と市原氏は説明します。そうした長年の関心が発展し、地域に根ざした大学主導の新たな保護モデルとなり、アジアの民主主義支援のインフラにおける重要な空白を埋める存在となりました。
支援が「生存」を意味するとき
DARの運営には、慎重さと細やかな配慮、そして迅速な判断が欠かせません。多くのケースは安全上の理由から詳細を公開できませんが、その人物がこれまで行ってきたアドボカシー活動の記録は確認する必要があります。市原氏は「重要な分析やアドボカシーを行ってきたという記録が必要です。そうでなければ、もし彼らが母国にとどまれば当局に拘束され、収監され、拷問を受ける可能性があることを示せません」と説明します。
ここで、資金は単なる事業の継続性ではなく、生死に関わる要素となります。米日財団(USJF)からの初期助成により、GGRは日本に滞在するフェローに毎月の小額の謝金を支給できるようになりました。世界でも生活費が高いとされる都市で、これは欠かせない支えとなっています。
「米日財団の助成のおかげで、彼らの受け入れが可能になりました」と市原氏は語ります。研究に関するスタイペンドは他の資金源から確保できる場合もありますが、日々の生活を支える資金は非常に得にくいのが現状です。「USJFの資金があることで、毎月の謝金を支給し、家賃を支払えるようにすることができています。」
DARのモデルは日本ではまだ珍しい存在ですが、その必要性は極めて高いものです。プログラムは短期的な避難先であるだけでなく、活動家や研究者が安全かつ尊厳をもって、自身の仕事を継続できる環境を提供しています。
アジアに根ざした日本発の新しいモデル
DARがアジア地域にとどまることを重視しているのには理由があります。ネットワーク型のモデルによって、参加者は仲間との連携を保ち、現地の動向を把握し、状況が許せば母国に戻って活動を再開することも可能になります。地理的な近さは、精神面での支えにもなり、戦略的にも大きな効果を生みます。
そしてこの仕組みは、日本の潜在的な地域貢献のあり方にも新たな視点を与えています。日本の大学がこの取り組みの中心に位置づけられることで、DARは日本のソフトパワーの幅を広げるとともに、国内の学術機関が研究にとどまらず、実践を通じて民主主義の強靭性に寄与できるというモデルを提示しています。
DARの仕事は、支援対象者との関係が個人的でもあるため、同時に非常に献身的な側面を持ちます。個々のケースにおいて、チームは入管手続き、安全確保、精神的負担といった課題に向き合い、政府の正式制度の外側で一人ひとりを支える必要があります。「決して容易な仕事ではありませんが、私たちが支える人々のほうが、はるかに厳しい状況に置かれていることを常に忘れないようにしています」と市原氏は語ります。こうした積み重ねが、新たな基盤を形づくりつつあるのです。アジア地域に根ざした持続可能な民主主義擁護のプラットフォーム──それは、不正義や迫害、権威主義に声を上げたために過酷な状況に置かれる人々に向けた、現実的かつ緊急性の高い応答となっています。
広がっていく支援の輪
DARは現在もパイロット段階にあり、年間で約10名の支援を目標としています。しかし、その将来像はより大きな広がりを見据えています。市原氏は「まずはパートナーとなる研究者を拡大したいと考えています。場合によっては、彼ら自身が資金源を見つけられる可能性もありますし、米日財団と連携してきたように、各国の助成団体との協力も広げていきたいと思っています」と述べます。
こうした方針には、アジア地域全体で受け入れ先や協力者、そしてメンターとなる研究者のネットワークを拡大することが含まれています。また、カンボジアの政治危機をテーマとした今後のイベントのように、民主主義の弾圧に対する理解を広げるための発信活動も進めています。
米日財団にとって、DARは戦略的かつ価値に根ざした投資です。DARは個々の命を守るだけにとどまらず、インド太平洋地域における相互につながり合う強靭な民主主義の基盤づくりに貢献しています。私たちは皆、このプログラムが今後さらに広がっていくことを願っています。
静かでも革新的な転換
DARは多くの面で大きく注目を集める存在ではありません。それは意図的でもあります。派手なウェブサイトも、大規模な発信活動もありません。しかし、一橋大学GGRの静かなオフィスでは、新しい転換が着実に進んでいます。日本の大学が、威圧的な体制のもとで命の危険にさらされている政治的反対者に、言葉だけではない、現実的で具体的な避難の場を提供しているのです。
小さなプログラムですが、その構想は大きなものです。安全とは必ずしも「亡命」を意味する必要はない。そして日本は、静かな連帯の行為を通じて、アジアにおける民主主義の灯を守り続ける一助となり得る──DARはその可能性を示しています。
市原氏はこう語ります。「米日財団からの初期支援のおかげで、そのビジョンは理論にとどまらず、すでに命を救う取り組みとなっています。」