トレンドと変革者たち

「人」の問題 日本の非営利組織が失えない人材を失っている理由

日本の介護・福祉分野では、スタッフを十分に確保できず、利用者の受け入れを断らざるを得ない状況にあると多くの管理者が報告しています。わずか数人の職員が欠けるだけで、サービスの頻度を半分に減らさざるを得ないケースもあり、需要が年々高まる一方で深刻な事態となっています。日本の小規模な非営利組織にとって、1人や2人の離職は単なる挫折ではなく、組織の存続そのものを脅かす問題です。

こうした現場の危機感は、数字にもはっきりと表れています。日本の組織の84%が人材不足を感じており非営利組織が国内の労働力に占める割合はわずか1.6%にすぎません。しかし、これらの組織は、少子高齢化や孤独・孤立の深刻化、そして社会保障の縮小に直面する社会の最前線に立っています。組織のミッションと人員のキャパシティの乖離は大きく、その溝は今も広がり続けています。

真の問題は「欠員」ではなく「ガバナンス」にある

pexels-vlada-karpovich-7433862この問題を、単なる採用の問題として捉えるのは容易でしょう。非営利組織は営利企業の給与水準に対抗できず、その結果として人材を失っているという見方です。実際、年収300万〜400万円という平均給与の格差は厳然として存在しており、組織が最も必要とする熟練したスタッフを確保する上で、大きな障壁となっています。

しかし、トラストベースドフィランソロピージャパン共同創設者・事務局長であり、『スタンフォード・ソーシャルイノベーション・レビュー日本版』の副編集長も務める井川定一氏は、「寄付の減少、スタッフ不足、事業の停滞は目に見える事象ですが、それらはあくまで症状であり、根本的な原因ではありません」とより深刻な問題を指摘します。

井川氏は、自身が審査員を務める「Panasonic 能力開発のためのNPOサポートファンド」の成果について触れ、非営利セクターがガバナンスレベルの行き詰まりに直面していると述べています。かつては資金調達やボランティア管理といった運営上の課題に対処してきた理事会も、現在はより困難な問いに直面しています。それは、「組織はそもそもどの方向へ向かうべきか」という問いです。この問いに答えが出ないとき、スタッフは単に給与を求めて去るのではなく、進むべき明確な道筋が見えないために組織を離れていくのです。特に、日本の主流である小規模な組織では、キャリアアップの余地がほとんどないという現状もあります。

構造的な圧力にさらされるセクター

pexels-photo-8636636人材危機はセクター全体で一様ではありませんが、その原因には共通点があります。まず、ボランティアへの過度な依存がイノベーションを阻害しています。一握りの熱心な個人が、本来であれば組織全体で担うべき役割を吸収してしまっているためです。また、日本NPOセンターの調査でも繰り返し指摘されている通り、硬直的な人事慣行によって、柔軟でやりがいのある役割を求めている女性やシニア層という、拡大する人材プールを十分に活用できていません。一方で、日本全体で深刻化しているIT人材不足(全産業でも専門職の7割が不足)が、非営利組織を最も直撃しています。その結果、人手不足の組織は、より魅力的な雇用主になるためのシステム投資ができず、さらに人手が足りなくなるという「負の連鎖」に陥っています。このサイクルを断ち切るには、善意以上の対策が求められています。

「生存モード」から「戦略」へ 成果を上げている3つのアプローチ

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ETIC.

独創的な解決策の一つとして、認定NPO法人ETIC.先駆的に取り組んでいる企業・NPO間での人材出向事業が挙げられます。これは、民間企業のミドルキャリア人材を、期間を定めた構造的な枠組みで非営利組織に派遣するものです。NPO側にとっては、本来であれば採用が難しい経験豊富な財務マネージャーや人事のジェネラリストを、即戦力として迎えられるメリットがあります。一方、企業人にとっては、社内のローテーションでは得られない文脈の中で、自らのスキルを伸ばし、社会的意義のある仕事に挑戦する貴重な機会となります。このモデルは、小規模な組織がフルタイムの雇用を抱えることなく専門的な知見を活用できる「シェアードサービス」など、より広い複業・副業的な人材活用のエコシステムへと発展しています。

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パナソニック

パナソニック NPO/NGOサポートファンド for SDGs」は、助成金の対象を事業ではなくガバナンスに再構築した好例です。今年、同ファンドの海外助成部門に応募した22団体の間でも、共通の課題が浮き彫りになりました。それは、創設者が今もあらゆる実務を自ら抱え込み、将来の計画を立てるための時間を確保できないという現状です。ある小規模NPOのリーダーは、井川氏の投稿に対し「生き残ることに必死な『生存モード』では、戦略を考える時間などありません。非正規スタッフの離職率が70%に達し、消耗し続けています」とコメントしています。このファンドが、事業費ではなく組織基盤強化のための助成に特化しているのは、組織が日々の対応に追われる「消火活動」から脱し、戦略的な計画立案、そして事業だけでは解決できない「人事上の意思決定」ができる能力を養う場所こそが、ガバナンスにあると考えているからです。

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慶應義塾大学

もう一つのアプローチは、問題の源泉である「人材の供給」に焦点を当てたものです。2025年9月、慶應義塾大学は当財団の支援を受け、非営利組織のためのサーティフィケート・プログラム「「慶應ノンプロフィットリーダーズ・プログラム」(Keio LEAP for Nonprofit)」を開講しました。このプログラムは、慶應義塾大学大学院経営管理研究科(慶應大学ビジネス・スクール)の知見を活かし、財務管理、セクターを超えた連携、そして人事管理などを学ぶものです。開講にあたり伊藤公平塾長が述べた通り、持続可能性のためにはビジネスの洞察力が不可欠であり、このプログラムは、専門的な資格を持ちすでにセクターへの意欲が高い若者たちを、彼らを切実に必要としている市場へと送り出しています。

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非営利団体が学べること

人材の問題は、実は「ガバナンス」の問題ではありませんか?
新たな求人広告を出す前に、より深い問題、つまり「組織の方向性」について考えてみてください。スタッフが離職するのは、単に給与アップを求めているからだけではありません。その先に明確な道筋が見えないとき、人は去っていくのです。もし理事会が「5年後の組織の姿」を答えられないのであれば、たとえ最適な人材を採用できたとしても、その人が長く留まり、力を発揮することは難しいかもしれません。
シェアリングや出向人材が、予算の限界を突破する鍵になりませんか?
企業の出向プログラムや副業・複業などの柔軟な人材活用モデルは、フルタイムの専門職を雇う余裕がない組織にも、人事、財務、広報といった専門知見をもたらしています。皆さんのセクターには、こうした専門的なリソースをチームで共有できるような、パートナーシップや共同体はありませんか?
その資金援助は、活動を支える「人」の真のコストを反映していますか?
事業助成は活動を支えてくれますが、採用を担う人事担当者の人件費や、スタッフの燃え尽き症候群を防ぐための研修費までカバーしてくれることは稀です。もし助成元が「人への投資」をミッションに不可欠な要素だと考えていないのであれば、それは助成元だけでなく、自分たちの組織内部でも、まず話し合いを始めるべきトピックかもしれません。
人材不足が「後継者危機」になる前に、次世代への投資を行っていますか?
リーダーシップの育成には何年もかかります。「慶應ノンプロフィットリーダーズ・プログラム」のようなプログラムは、単なる熱意あるボランティアではなく、ビジネスの洞察力と正式な資格を持ち、このセクターにコミットした若手専門家を輩出しています。こうした次世代の供給源とつながっていますか?それとも、人材から見つけてもらうのを待っている状態ですか?

長期戦を見据えた組織づくり

人材危機は、採用活動だけで解決できるものではありません。井川氏が指摘するように、「しばしば欠けているのは資金ではなく、持続可能な経営モデルであり、それを共に考え抜く信頼できる『人』」です。10年後も存続している組織とは、単に良い人材を見つけた組織ではなく、その人たちが留まりたいと思える理由を提供した組織であるはずなのです。

 

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