実情と異なる地図 デジタル技術が明かす防災計画の見えない脆弱性

助成先 | コロンビア大学理事会 (2025年第1四半期受賞)
プロジェクト | ニューヨーク、東京、台北におけるデータ駆動型災害計画


人々は、おにぎりを切実に求めていました。2011年の東日本大震災の際、避難した住民たちは自身の位置情報をツイートし、食料配給場所をネットで検索していました。その一方で、同じ食料物資が別の場所で使われないまま放置されていました。物資の配給が、現場の状況とは乖離した事前の計画地図に基づいて行われていたためです。

columbia-university-1「東日本大震災の際、緊急物資の供給と需要の間にミスマッチがあったことを覚えている方もいるかもしれません」と、現在はコロンビア大学地球環境工学部で災害研究に携わり、米日財団の日米リーダーシップ・プログラム(USJLP)のフェロー(2022, 2023)でもある原口正彦氏は当時を振り返ります。「被災者の中には、おにぎりなどの緊急食料を受け取れなかった人がいました。しかしその一方で、人々はどこで食料を手に入れられるかをツイートしたり、検索したりしていたのです。」

これは善意の欠如によるものではなく、情報の欠如によるものでした。そして、この事象は極めて根本的な事実を突き付けました。地図が実情と一致していなかったのです。

動的な災害に対する静的な計画という課題

columbia-university-2東日本大震災の後に東北地方でボランティア活動を行い、その後世界銀行の防災部門での勤務経験も持つ原口氏は、常に同じ問題に直面し続けました。「政府の防災計画が、少し静的であることに気づいたのです」と同氏は話します。

「静的」とは何を意味するのでしょうか。「限られたわずかなシナリオに依存しているということです」と原口氏は説明します。「例えば、大都市の公式な防災計画では、地震が昼間に発生した場合は人々が通勤・通学中であり、夜間に発生した場合はオフィス街は無人になると想定しているかもしれません。これらは単純な仮定に基づいています。」

しかし、現実はもっと複雑です。人口動態は、時間単位、平日と週末、夏と冬など、常に変化しています。「沿岸部近くでは、夏には多くの人が砂浜を訪れますが、冬には来ません」と原口氏は指摘します。火曜日の午後3時の東京駅と、日曜日のおよそ午後8時の東京駅を同一視するような計画は、決して存在しない平均値を前提に計画を立てているようなものなのです。

その結果、何が起きるのでしょうか。「従来の防災計画はマジョリティの人口に焦点を当てていたため、脆弱な立場にある人々のニーズを見落としていたのです。」

データとデジタルツインを通じて都市をより鮮明に捉える

解決策は単一のテクノロジーからもたらされたのではなく、複数のデジタルアプローチを統合することによって生まれました。慶應義塾大学の計算機科学者である神武直彦氏およびその研究室のメンバー、そして国立台北大学の都市計画家であるリャオ・クイシエン氏などの共同研究者とともに、原口氏は災害に関する専門知識、デジタル技術、そしてモビリティデータを組み合わせ、人々が都市や時間をどのように移動しているのかをより深く理解するための研究に取り組みました。

columbia-university-3デジタルツイン技術の進歩は、さまざまな災害シナリオをシミュレーションするための新たな可能性を切り拓いています。「デジタルツインは過去5年間で大きく進歩した技術です」と原口氏は説明し、こう続きます。「それは、現実世界の物理的なシステム、つまり都市や建物、あるいは人間の身体さえもデジタル世界に複製することを意味します。都市計画において、現実世界で『社会実験』を行う代わりに、都市をデータとして複製し、そこですべてをシミュレーションすることができるのです。」

例えば、医師が薬を処方する前に患者の心臓のデジタル複製を作成して薬の効果をテストできるように、都市計画家は都市のデジタルレプリカを作成し、異なる条件下での災害対応をテストすることができます。

その強みは具体性にあります。「スマートフォンのデータを使用すれば、平日の午後3時と週末の同じ時間に、実際にどのような人々が東京駅周辺にいるのかを推定できます。人口動態が時間帯や季節によってどのように異なるかを捉えることができるのです。人間のモビリティに何が起きているのかを、時間単位、日単位、季節単位でリアルタイムに診断できます。これこそが動的ということです。」

誰が置き去りにされるのか 公平性をめぐる発見

高解像度のデータを使ってズームインしてみると、都市は決して同質ではないことが分かります。多様な人々が、異なる時間に、異なる空間を占めており、防災計画はその現実を反映していなければなりません。

columbia-university-4メンリン・チャオ氏が主導した、原口氏のニューヨーク市での研究を例に挙げてみましょう。「マンハッタンでは、人々は移動手段を簡単に切り替えることができます。地下鉄が止まれば、タクシーに乗ればよいのです。しかし、ブロンクス、ブルックリン、クイーンズの一部のように、社会経済的に過酷な状況にある地域では、人々の選択肢は限られています。このデータは、社会的弱者であるコミュニティのニーズを満たすために、私たちがどのような交通計画を目指すべきかを示しています。」

都市の脆弱性に関するこの研究は、論文「Machine learning unveils temperature and mobility as critical predictors of urban crime in New York City (2008–2022): insights for sustainable urban systems」(ニューヨーク市における都市犯罪の極めて重要な予測因子としての気温とモビリティの機械学習による解明(2008〜2022年):持続可能な都市システムへの示唆)においてさらに発展を遂げています。本論文は、データ駆動型のモデリングを用いることで、気候要因や交通パターンがどのように安全・治安に影響を与えるかを明らかにし、より公平で気候変動に対して強靭な都市計画のための枠組みを提示しています。なお、本研究の知見と持続可能な都市システムへの示唆に関する日本語の要約はこちらからご覧いただけます

また、災害時に異なる層の人々が検索する内容もそれぞれ異なります。「東京駅周辺で集中豪雨が発生した際、多くのビジネスパーソンはネットで『電車の遅延』を検索していました。しかし、妊婦の方や高齢者の方々は、『休憩できる場所』や『帰宅支援を受ける方法』など、全く異なる言葉を検索していたのです。」

脆弱性とは、単にその人が誰であるかという属性だけでなく、その瞬間に何を必要としているかによって決まるものであり、従来の防災計画はこうした多様なニーズを構造的に見落としてきたのです。

境界を越えて架け橋を築く 国境を越えた共同研究

この取り組みを進めるには、異なる組織文化の間に架け橋を築く必要がありました。日本における共同研究では、個人的・組織的な長期にわたる信頼関係を通じて培われた深い専門知識と、慎重な調整が重視される傾向にあります。一方、米国では、オープンな意見交換、迅速な反復、そして前提に果敢に挑戦する姿勢が優先される傾向があります。原口氏にとって、これらの違いをうまくナビゲートすることは、最終的に研究をより強固なものにすることにつながりました。双方のアプローチを組み合わせることで、どちらか一方だけでは成し得なかった研究成果が生み出されたのです。

このような文化や分野を横断した取り組みこそ、非常にエキサイティングであった原口氏の提案書がとても魅力的であった理由の一つでした。「日米の共同研究を支援してくれる資金源は決して多くありません」と原口氏は強調します。「財団の支援があったからこそ、これまでのプロジェクトをスケールアップさせることができました。この投資はすでに、世界で最も引用されている研究の上位2%にランクインした複数の査読付き論文、「Assessing governance implications of city digital twin technology(都市デジタルツイン技術のガバナンスへの影響の評価)」や「Human mobility data and analysis for urban resilience(都市レジリエンスのための人間のモビリティデータとその分析)」などを含め、国際的な注目を集める目覚ましい成果を上げています。」

厳格で影響力のある学術研究は不可欠なものでしたが、それは始まりに過ぎませんでした。真の試練は、それらの知見が、コミュニティが実際に災害に備え、対応する方法をいかに変革できるかという点にあるのです。

研究から共同創造へ

プロジェクトが研究成果の創出から、具体的な解決策の策定と実践へと移行する中で、今、最も重要な転換が起きつつあります。

「プロジェクトが進むにつれて、私たちは研究成果をより実践的に応用することに、ますます力を注ぐようになりました」と原口氏は説明します。「私たちは『共同生産(コ・プロダクション)』や『共同創造(コ・クリエーション)』と呼ばれる研究手法に関心を持っています。研究者と実務家が当初から協働して、実際の社会問題の解決に取り組むということです。これまでは、私たちが論文を発表し、ステークホルダーがそれぞれ独自に計画を改善していました。しかし、この新しいアプローチでは、私たちが一丸となって一つの成果を共に創り出すことが求められます。」

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左から神武直彦氏(慶應義塾大学)、原口正彦氏(ハーバード大学)、メンリン・チャオ氏(コロンビア大学)、ウプマヌ・ラル氏(コロンビア大学)

研究チームは慶應義塾大学を通じて、都心部の主要なビジネス街を担う大手民間不動産開発デベロッパーともつながりを得ました。「彼らは、地震などの大災害にどのように対応すべきか、緊急の知見を必要としていました。私たちは、研究者だけでなく、実際に防災計画を管理している実務家の方々と直接お会いし、彼らの視点を共有してもらうことで、実際のニーズに合わせた研究へと落とし込むことができたのです。」

columbia-university-6同様のパートナーシップは、研究チーム、大手IT企業であるLINEヤフー株式会社のR&D部門、自治体、モビリティサービスプロバイダーなどの日米のデータ・モビリティ関連機関との協働へと広がりました。これにより、大規模なデータセットを分析し、防災計画を改善するための人間のモビリティパターンに関するより深い洞察を導き出しています。

しかし、原口氏はこの種のコラボレーションの中に、さらに大きな可能性を見出しています。「具体的には、技術的な専門知識を高めることで、日本のNPOやソーシャルセクターの力を強化したいと考えています。たとえ、広報や財務システムなどの組織管理能力が十分に高い団体であっても、効果的かつ技術的な介入ができなければ、複雑な課題に対処することは難しくなります。私たちは、防災や環境分野のNPOと連携して政策提言を共同で策定するとともに、そのプロセスを通じてNPOの能力強化を図りたいんです。」

このビジョンは、米日財団の新たな重点課題とも合致します。当財団が市民社会のインフラ強化にますます焦点を当てる中で、縮小する都市、老朽化するインフラ、高齢化に伴う健康リスク、資源の非効率性など、さまざまな課題に対して、研究者がミッション駆動型のNPOに技術力を提供するセクターを超えた協働が不可欠となっています。これらの課題に対処するには、ハイレベルな研究だけでなく、その研究を組織の能力やコミュニティの行動へと翻訳するメカニズムが必要です。

東日本大震災におけるおにぎりの問題の真髄は、おにぎりではありませんでした。支援者が人々が必要としていると想定したことと、人々が本当に必要としていたこととの間の差に起因していたのです。「東日本大震災以降、日本政府や研究機関はSNSのデータを収集するプラットフォームを立ち上げました」と原口氏は話します。しかし、次の課題は単にデータを収集することではありません。脆弱なコミュニティに最も近い場所にいる組織が、そのデータを活用できる体制を整えることにあるのです。

そのときついに、地図は実情を反映するでしょう。

 

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