長野県松本市に拠点を置く非営利団体「日本チェルノブイリ連帯基金(JCF)」は、もともと1986年のチェルノブイリ原発事故の被災者に対する医療支援を目的に設立されました。2004年、JCFは新たにイラクの小児がん患者を支援する取り組みを始めるにあたり、一つの重大な決断を迫られました。それは、キリンビール株式会社からの企業協賛を受け入れるかどうかというものでした。この協賛により、白血病に苦しむ子どもたちへの医療物資提供をはじめとする人道支援活動を拡大できる資金的余裕が生まれる可能性があった一方で、多くの非営利団体にとって、企業との提携は活動の独立性や運営方針への干渉を招きかねず、「ミッションの一貫性」を損なうという懸念もつきまといます。さらに、企業との連携によって団体の評判が傷つくリスクも否めません。一度損なわれた信頼は、回復が極めて難しいからです。
熟慮の末、JCFは協賛を受け入れることを決断し、独立性の維持と透明性の確保を目的とした厳格なガイドラインを策定しました。この事例は、日本に限らず多くの非営利団体が企業協賛を検討する際に直面する、資金(近年では技術やその他の資源を含む)支援と、団体のミッションや公共性との間でバランスを取るという、複雑な判断の必要性を象徴しています。
協働への架け橋
日米の非営利団体が再考する企業協賛のかたち
今日の厳しい経済状況の中で、世界中の非営利団体が直面している問いがあります。それは、「ミッションの一貫性を保ちながら、持続可能な資金をどのように確保するか」ということです。一方では、政府や財団からの支援が減少傾向にあり、多くの団体が経済的な存続の危機に立たされています。他方、企業側では環境・社会・ガバナンス(ESG)や企業の社会的責任(CSR)への関心が高まり、非営利団体への資金提供が拡大しています。こうした状況のなか、日本と米国のどちらにおいても、企業協賛は非営利団体にとって重要な生命線となっています。しかし、その提携の進め方や関係構築のスタイルは、両国で大きく異なります。この新たなエコシステムのなかで団体が生き残っていくためには、企業から得られる支援の種類、関係構築のベストプラクティス、そしてたとえ良好な協賛関係であっても非営利側が直面する課題について、しっかりと理解しておくことが不可欠です。言うまでもなく、日本の非営利セクターにおける協賛環境は、米国とは大きく異なっています。

日本における企業協賛の今
日本における企業協賛は、主にいくつかの形態に分類されます。たとえば、自然災害時などの緊急時に見られる直接寄付、物流やデジタルツールの提供といった現物支援、ボランティア派遣プログラム、組織基盤強化のための助成金などです。JAL、パナソニック、TISといった企業は、この分野での代表的な貢献企業として知られています。日本では企業による社会課題への関与が長期的かつ慎重に行われる傾向があり、官民連携や他の非営利団体との協働を通じて、少子高齢化やジェンダー格差といった構造的な課題に取り組む事例が増えています。
一方で、こうした政府や企業の優先課題に的確に対応し、連携を築くには、高度な知識や経験が求められるため、大規模な非営利団体であっても簡単なことではありません。ここで重要な役割を果たすのが、日本NPOセンター(JNPOC)のような中間支援組織です。JNPOCは、非営利団体と企業との信頼関係構築や協働の促進において中心的な存在であり、組織基盤強化のための研修、社会課題の動向分析、社会的ニーズと企業の関心分野を結びつけるマッチング支援などを行っています。
また、日本の非営利団体は近年、国内にとどまらず、国境を越えたパートナーシップの可能性にも目を向けています。たとえば、米国拠点のGive2Asiaのようなプラットフォームを通じて、日本国内のプロジェクトに関心を持つ米国企業とのつながりを築く動きが広がっています。

米国においては、企業協賛は確立された資金調達手法の一つであり、分野を越えた市民参加やフィランソロピー(社会貢献)を奨励する文化に支えられています。協賛の形態も多様で、イベント協賛、現物寄付、特定プログラムへの支援、従業員の有給ボランティア制度などが一般的です。米国の非営利団体は、多くの場合、理事や役員の人脈を活用して企業との接点をつくるところから協賛の獲得を始めます。地元企業へのアプローチや、団体のミッションと企業理念を丁寧にすり合わせることが、協賛獲得の基本戦略です。また、複数の支援レベルを設定した「協賛パッケージ」を用意することも一般的で、企業の規模や関心に応じて参加しやすい仕組みを整えています。
日本の非営利セクターでは、企業との長期的で密接な関係性が重視される傾向にありますが、米国では、より短期的かつ目的が明確な連携が主流となることもしばしばです。こうした関係の鍵を握るのは、優れたコミュニケーションスキルです。米国において、企業協賛の成功に不可欠なのは「ストーリーテリング」です。ミッションや社会的インパクトを明確かつ魅力的に伝えられる団体ほど、継続的な支援を得やすくなります。支援を維持するためには、定期的な成果報告やドナーへの感謝の表明、対話の継続などが求められ、企業側にとって「支援した価値」を実感できる工夫が不可欠です。
いくつかの違いを以下にまとめることができます。
|
米国 | 日本 |
典型的な協賛プロセスの違い |
直接的なアプローチ、理事会のネットワーク活用、ストーリーテリング重視 | 仲介団体を通じた調整、リサーチ主導、組織の基盤強化への注目 |
仲介団体の役割 | あまり形式化されていない | 中心的な存在(例:日本NPOセンター) |
企業側の動機 | ブランド価値、税制優遇、従業員エンゲージメント | 社会課題との整合性、長期的な社会インパクト |
支援の形態 | イベント、プログラム支援、現物支給、ボランティア | 寄付、現物支給、組織基盤支援、ボランティア |
国際協働 |
グローバル課題を中心に一般的 | 増加傾向にあり、構造化された連携を通じて行われる |
日米共通の課題
運営環境が異なるにもかかわらず、両国の非営利団体は企業支援の獲得にあたって驚くほど類似した課題に直面しています。
- 価値提案の明確化:企業との連携におけるインパクトを数値化したり、企業側の目標と整合させたりするのが難しく、自団体の魅力を伝えきれないケースが多く見られます。
- 人的・組織的リソースの不足:小規模な団体では、専任の資金調達担当や関係管理システム、報告業務をこなすための管理能力が欠けていることが多く、日本では特に、直接的な資金調達や自己アピールへの文化的抵抗がさらに障壁となっています。
- 単発協賛への依存:日米いずれの団体も、一度きりの協賛にとどまりがちで、継続的な関係構築による「共創型」のパートナーシップを逃してしまう傾向があります。
- 文化的・構造的な障壁:日本では、企業の階層的な意思決定構造や形式的な関係構築の慣習に非営利側が適応する必要があり、アメリカでは迅速な資金獲得を重視するあまり、戦略的整合性や仲介団体の重要性を軽視しがちです。
イノベーションから学ぶ 成功事例

退役軍人による災害支援を行うTeam Rubiconは、飲料ブランド、マウンテンデューと戦略的パートナーシップを築き、100万ドルの協賛を得ました。このキャンペーンでは、有名レーサー Dale Earnhardt Jr. による広告起用やブランド商品展開も行われ、一般の関心と認知度が大きく向上しました。スポンサーのマーケティング力と影響力を活用することで、非営利団体にも大きな波及効果をもたらす好例です。

Heifer Internationalは、Grass Roots Farmers’ CooperativeやCypress Valley Meat Companyと提携し、小規模農家の市場アクセスや必要なサービス支援を実現しました。社会的使命を共有するこのようなパートナーシップは、Heiferの受益者に直接的な支援を提供する一方で、スポンサー企業にとってもサステナブル農業分野におけるブランド認知を高める効果がありました。「共有価値」モデルの好例です。

日本NPOセンター(JNPOC)は、パナソニック との協働により、非営利組織の基盤強化を目的とした研修を各地で実施しました。また、電通とは「伝えるコツ」プロジェクトにて、非営利組織の情報発信力を高める取り組みを行いました。これらのパートナーシップは、資金提供にとどまらず、専門性の移転と持続可能な組織づくりを支援する長期的な価値を提供しています。

Give2AsiaとJNPOC を通じて、Bank of America や Johnson & Johnson など米国企業から、105の日本の非営利団体に対し、合計2,750万ドル(約39億円)の助成が行われました。このモデルは、日本国内資金への依存を緩和し、国際的な寄付先としての経験を日本の団体に提供するものであり、資金の多様化とレジリエンスの強化につながりました。
非営利団体が学べること
日米の非営利団体は、それぞれのアプローチを参考にしながら、自団体に合った戦略を柔軟に取り入れることで、協賛獲得の可能性を大きく広げることができます。
両国に共通して見られるのは、最も成功している協賛関係は、単なる資金提供を超えたパートナーシップであるという点です。信頼、透明性、そして共通の目的意識に基づいた協働は、知見の共有や組織基盤の支援、長期的な関係構築へとつながっています。
- 心に響くストーリーテリングで企業の共感を引き出す
- 理事やネットワークを活用した直接的なアプローチを検討する
- 企業規模や予算に応じた階層型の協賛パッケージを設計する
- 意義ある連携を仲介してくれる中間支援組織との協働を模索する
- パートナーシップが互いのミッションを支えるものになるよう、リサーチに基づいた連携を重視する
- 行政や他の非営利団体との連携を通じて、社会課題の構造的な解決を目指す
これからの協働に向けて
企業協賛は、単なる資金調達手段ではありません。ソーシャルインパクトを広げる戦略的なアライアンスの機会です。日本が強みとする中間支援を通じた丁寧な連携やシステム全体へのアプローチと、アメリカの直接的な関与やストーリーテリングによる共感の喚起を組み合わせることで、両国の非営利団体はより持続可能で、社会的インパクトの高い資金調達モデルを築いていくことができます。
こうした日米の視点をさらに深めたい非営利団体の皆さまに向けて、米日財団では、学びのリソースや協働の可能性をご用意しています。こうした知見を各団体の文脈に応じて応用することをサポートいたします。非営利団体と企業の間に架け橋を築くだけでなく、太平洋を越えて非営利セクター同士をつなぐことによって、両国における社会変革のためのエコシステムを、より持続可能なものにしていけると信じています。