2026年2月8日に実施された衆議院の総選挙は、歴史的な再編をもたらしました。自由民主党は316議席を獲得し、戦後最大の勝利となったこの結果により、高市早苗首相率いる政権は憲法改正発議に必要な3分の2(310議席)を上回る勢力を手にしました。日本初の女性総理大臣である高市氏は、いまや圧倒的な信任を得ています。一方で、主要野党である中道改革連合は、167議席から49議席へと大きく後退しました。また、ポピュリズム政党である参政党が2議席から15議席へと躍進したことは、日本政治に新たな断層線が生まれつつあることを示しています。
この大きな変化は、日本の内政および外交政策に関する根本的な問いを投げかけます。本フォーラムでは、政治経済、社会、安全保障といった多分野にわたる専門性を有する米日財団(USJF)コミュニティの専門家が見解を寄せました。日本が未知の政治的局面に入るなか、国内の変容、経済的含意、そして国際的な波及効果について、多様な視点から議論をお届けします。
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今回の衆議院選挙における自民党の圧勝は、高市首相に対する高い支持の持続とともに、公明党の連立離脱、そして旧立憲民主党の惨敗が重なった点で象徴的である。とりわけ注目すべきは、長年日本政治において機能してきた「歯止め政治」が事実上終焉を迎えたことであろう。公明党は連立の中で政策の抑制装置として作用し、旧立憲民主党は55年体制的平和主義や現状維持志向を体現する存在として、変化のスピードに一定のブレーキをかけてきた。しかし急速に不確実性を増す国際秩序の中で、有権者はもはや抑制そのものを優先しなかった。戦後初の女性首相として誕生した高市氏に対し、多くの有権者は象徴性以上に、日米関係を軸に新たな世界秩序と向き合う明確な判断力と迅速な意思決定を期待したのである。今回の結果は、単純な右傾化やポピュリズムではなく、統治能力への選択として理解すべきであろう。米国が世界における役割を再定義しようする中で、日米関係には新たな構想力が必要とされている。選挙によって得られた強固な政権基盤を、外交における具体的な行動に活かせるかが問われている。 |
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自由民主党は、高市早苗首相のもとで歴史的勝利を収めた。今回の選挙は、実質的な政策論争によって動かされたものではない。むしろ、「高市か否か」という単純な選択として主に位置づけられた選挙であった。日本初の女性総理大臣という立場は歴史的意義を持つが、高市氏はこれまで、自身の言説においてジェンダー平等を前面に掲げることはほとんどなかった。批評家が指摘するように、彼女は「女王蜂戦略」を通じて支持を築いてきた。すなわち、男性優位の政治文化の内部で強さを示しつつ、その基盤を直接的に問い直すことはしてこなかったのである。日本の政治の世界では、国政・地方政治を問わず、ヒエラルキーや性差別的慣行が依然として深く根付いている。この文化のもとで、与野党いずれの政党も、政治的表現において真正性のあるように映る女性政治家を育成することに苦慮してきた。女性の代表性が依然として低い政治空間において、高市氏の急浮上は、多くの有権者に「何か違うことをしてくれるのではないか」と感じさせたにすぎない。 彼女の勝利は、日本社会における一定の変化を示唆している。日本では依然として女性リーダーは少数派である。しかし、とりわけ若い無党派層の間では、女性であるという理由だけで指導者に不適格だと考える有権者はもはや多数ではない。こうした変化を十分に認識できなかったのは政治体制側であった。自らを半ば冗談交じりに「5爺」と称していた中道改革連合の指導者たちの敗北は、その乖離を象徴している。今回の選挙における隠れた争点はジェンダーであった。それは、女性首相誕生という象徴的節目を祝うかどうかという問題ではなく、政治権力の構造が真に変わり得るのかという、より深い問いであった。 |
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2026年2月に行われた日本の衆議院選挙は、日本初の女性総理である高市早苗首相が率いる自由民主党と日本維新の会が465議席中352議席を占める地滑り的な大勝利を果たした。公示前勢力は232議席であったため、実に120の議席が増えており、自民党の増加はそのうち118議席を占める。高市首相は解散時にこの選挙を首相選択選挙と位置付けたが、まさに日本における疑似大統領選挙で、スマッシュヒット的に勝利を得たということになる。 もちろん、今回の勝利には幾つかの説明が必要である。第一に、今回は野党第一党があまりに弱かった。特に解散後に結成された立憲民主党と公明党による中道改革連合では、とくに立憲民主党が従来の安全保障やエネルギー(原発稼働)への主張を大きく変更することになったが、そうした政策主張の急転換に従来の支持層、さらに無党派層は厳しく反応した。第二に、自民党の得票率は実はそこまで増えていない。比例区でみると、自民党の得票率は36.7%であり、中道が18.2%、国民民主党が9.7%と続く。しかし、小選挙区制では(小選挙区を足し合わせた)総得票数でも約5割を得て他党と大きく差がつき、自民党は289のうち249で勝利している。東京都及びその住宅街を構成する神奈川、千葉、埼玉の80のうち自民党は79を抑えた。唯一の例外は、中道の代表である野田佳彦元首相の選挙区だけである。野党が複数競合しているなかで、小選挙区制では自民党が大勝を挙げることになった。 果たして、これほどの議席の力を得た高市首相はこれから何を行うのだろうか。参議院では依然として少数与党だが、衆議院では参議院の議決にも関わらず法律案を再可決できる2/3を優に越える3/4を得ている。まずは、悲願と述べた消費税減税(食品への無課税2年間)の実施を、懐疑論を押しのけて調整するかもしれない。経済成長を優先させた財政政策は継続するだろう。安全保障では国家安全保障3文書の改訂や経済安全保障推進法の改正、防衛装備品の輸出規制の緩和などの準備に拍車がかかり、防衛予算のさらなる増額が視野に入る。外国人政策でも、外国人による土地取得等のルール改正の有識者検討会は夏までに一定の結論を得る予定で立ち上げられる。 外交・安全保障政策の方向は、日米同盟を基軸にした従来のものから逸脱することはないだろう。ナショナリズムを感じさせる発言は政権から漏れ出てきても、それが中核に据えられた政権ではない。3月19日に行われる日米首脳会談では、トランプ政権が求める投資など経済面での成果を示すことが最初のハードルだが、国内政権基盤の強い高市首相をトランプ大統領は評価するだろう。日本の強い基盤をみて、日中関係では異なる力学が生まれてくる可能性はある。韓国・李在明政権とは高市首相はすでに良好な関係を気づいている。ただし、中国や韓国との関係では今後、靖国参拝問題や領土にかかわる意見の隔たりが関係を複雑化させる可能性がある。 |
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自由民主党は、70年にわたり日本政治を支配してきた。しかし、2月8日の衆議院選挙における勝利は、その歴史の中でも最大規模のものであった。高市早苗首相の予想以上に決定的な勝利を説明する要因は2つある。1つは、主流派野党の崩壊である。野党は、日本が直面する現代的課題に対する答えを示すことも、将来像を明確に描くこともできなかった。もう1つは、高市氏個人の人気であり、それが強力な推進力となった。(ジェンダー、経歴、政治スタイルを通した)変化への欲求と、(制作面で重視する)安全への欲求という、有権者が抱く2つの欲求を高市氏は巧みに捉えたのだと私は考える。 この歴史的勝利は、高市氏に歴史的な機会を与えている。問題は、彼女がその信任を強さと変化の実現のために用いるのか、それとも象徴的な行為やポピュリズムに浪費するのかである。彼女はいま、広範な政策運営を行い、偏見のない指導者として統治する政治的余地を手にしている。とりわけ、防衛・安全保障政策に関して日本の変化の速度を加速させるうえで、極めて有利な立場にある。リスクは、靖国神社参拝に踏み切ることや、移民や家族をめぐる「文化戦争」を展開すること、あるいは大規模な財政支出計画をめぐって債券市場との対立を引き起こすことなど、イデオロギー的側面に傾斜することである。 |
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高市早苗氏が現れる街頭に警備が追いつかない。選挙戦の様相の通り、自民党史上最多の議席となった。熱狂あるところに拡散あり。感情が動くときTikTok, YouTube, X… ネット上でも爆発する。そこに真偽不確かな投稿、広告費を稼ぐためバズらせる商業目的の投稿などが紛れ込む。政策の論議を深めず、高市首相か否かを選ぶ白紙委任選挙だった今回、「早苗の推し活」とされる側面が強調され、熱狂は加速した。「ネットに制空権を握られている。新聞、頑張ってよ」財務省幹部が言った。知るべき情報が伝わらない現状を憂う。民主主義に資する公正中立な報道を既存メディアとしてどう行うか──。偽誤(にせご)情報の環境の中で行う試練を問われる衆院選挙でもあった。 「信じたいことをわたしにとっての真実」としてしまうポストトゥルース時代に深まる分断は、取材の現場でも露出している。現場の記者に対する個人攻撃だ。今回の衆院選にあたり新聞労連は、「排外・排他主義の蔓延に警戒し、記者を攻撃から守る」特別決議を採択するまでになっている。新聞やテレビなどの日本の既存メディアは、選挙は中立公平な報道をすることに徹してきた。昨今ではその姿勢が「選挙の公正」を過度に意識していると指摘される。これまで候補者の主張は同じボリューム(同程度の秒数や行数、写真の枚数)で伝え、どちらかだけに利する露出を控えてきた。その文脈から特定候補者の批判も抑えてしまっていたのだ。偽誤情報が席巻する中、積極報道に転じた初の衆院選でもあった。人は、本来、信じたいものを信じる性質を持つものだ。判断にバイアスがかかることを意識し、何に気付いていないのか、何の情報を取り込んでいないのか、自らアンテナを立てるしかない。報道は情報過多の中、届いて欲しい人に届かないジレンマがある。デジタルプラットフォーマーの流通の壁があり発信元の努力には限界があるのが現状だ。情報の消費者である受け手が、リテラシーを磨く環境を整え制空権を自ら操縦し握ることが求められる。 |
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高市首相が保守的路線によって権力を掌握したことは、自由民主党に伝統的に見られる実利主義へと転じるのであろうか。高市氏は自民党内の保守派の支持を培うことで台頭し、右寄りの立場に依拠しながら政治的キャリアを築いてきた。しかし、この地滑り的勝利は、彼女により大きな行動の余地を与えたのではないか。すなわち、近年のように伝統的な保守基盤に強く依存していた状況であれば自らを損ないかねなかった政策転換をも可能にするのではないかという問いである。自民党が過去71年のうち約66年間政権を維持してきた理由の一つは、厳格なイデオロギーよりも徹底した実利主義を選んできた点にある。もっとも、地滑り的勝利はしばしば失望を伴う結果に終わることも多い。高市氏が政権維持を目指し、2028年7月の参議院選挙で自民党を勝利に導こうとするのであれば、より実利的かつ中道寄りの立場へと舵を切るのであろうか。経済政策は、その実利性を測るうえで注視すべき分野である。高市氏が掲げた減税や積極的な財政支出はすでに債券市場を動揺させ、円安を進行させており、物価高対策という公約を脅かしかねない。急速に進行する高齢化と人口減少も別の問いを投げかける。移民制限を強調する言説は、国を維持するための外国人労働者受け入れ制度の拡充やその他の制度的措置へと、静かに修正されるのであろうか。 118人の議員を増やした拡大した自民党を、高市氏はいかに統率するのであろうか。一方で、この圧勝は自民党そのものではなく、高市氏個人の人気によるものであった。他方で、338人の自民党候補のうち93%が当選し、中道・中道左派寄りの候補者もほぼ全員が勝利している。新たに加わった100人超の自民党議員は、それぞれが選挙区の有権者、企業、組織的利益の声を党内に届ける回路となる。自民党は統制が難しくなり、よりパターン化した派閥政治へと回帰するのであろうか。特定の長老やカリスマ的議員が支持者を育成し、派閥的力学が再び活発化することで、トップダウン型の強力な指導よりも、諸集団間の交渉による妥協が党運営の中心となるのであろうか。 日中関係もまた重大な問いを提示している。レアアースや重要鉱物に対する規制を通じて日本に経済的圧力を強めることが高市氏を弱体化させると中国が想定していたか否かにかかわらず、彼女は今後も政権にとどまる。自民党の前例のない強さを背景に、立場を穏健化する余地を得る可能性もある。しかし、保守層における彼女の人気の相当部分は、中国に対して強硬に臨むことができるとの認識に由来している。自動車や半導体といった基幹産業が実質的な経済的打撃を受ければ、高市氏の幅広い支持基盤にとって深刻な影響となり得るが、中国が後退するとは考えにくい。徐々かつ静かな緊張緩和の兆しが見られるのか、それとも双方がより強硬な立場へと傾斜するのか。双方の時間軸が長期化するなかで、さらなるエスカレーションは得策ではないと判断するのか、それとも重大な衝撃に直面するのか。あるいは、この大勝は、中国に対して強く出るという単なる信任ではなく、極めて高コストになり得る対立を回避するためのより大きな裁量を彼女に与えるのであろうか。 日本がアジアにおける米国の最も重要な同盟国であるという立場に変化が生じる理由はほとんどない。高市氏はトランプ大統領およびその政権との関係維持・強化に努めるであろう。現時点で不安定要因があるとすれば、その多くは米国側に由来するものである。とりわけ、米中関係がいずれの方向にも振れ得る、あるいは現状の摩擦水準のまま推移する可能性を含む不確実性が、変動要因となり得る。 |
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自由民主党の地滑り的勝利は、日本の経済政策決定における分岐点を示すものだ。高市早苗首相は、「責任ある積極財政」を掲げ、食料品に対する消費税の2年間凍結を含む公約を打ち出して選挙戦を戦った。いまや信任を得た彼女の前に、大きな障害はほとんど存在しない。 高市氏の政策の中核にあるのは、いわゆる「高圧経済」である。その発想は比較的単純である。政府が十分な規模の財政支出を行い、需要を現在の経済の供給能力を上回る水準、例えばGDPの2%程度まで押し上げれば、長らく成長を阻害するほどに資金を内部留保してきたと批判されてきた「日本株式会社」は、ついに投資に踏み切らざるを得なくなるというものである。そうした投資が、生産性の向上、賃金の上昇、そして経済の活力回復という好循環をもたらすことが期待されている。 経済学者の見解は分かれている。教科書的理論によれば、需要が過熱すれば生じるのは投資ではなくインフレであるとされる。日本の経済政策の正統性を歴史的に担ってきた司令塔である財務省は、大規模な財政拡張を長年にわたり無謀なものとみなし、過去の政権が同様の試みに踏み出すことを抑止してきた。 今後数か月で、高市氏の非伝統的な賭けが、数十年にわたる慎重なテクノクラシー(技術官僚制)では成し得なかった成果をもたらせるかどうかが明らかになるであろう。もしその賭けが成功すれば、日本は長期にわたる低成長の停滞からついに脱却する可能性がある。もし成功しなければ、日本は少なくとも、財政政策を緩和し続けることこそが経済問題の処方箋であるという考えを検証し、あるいは最終的に終わらせることになるであろう。 |
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昨夏の参院選で大敗した自民党は、今回衆院選で地滑り的圧勝を収めた。昨年10月に発足した高市内閣への支持率の高さ、つまり高市氏個人の人気がもたらしたものだと出口調査は示している。私も与野党の街頭演説を巡ったが、高市氏はどこでも数千人単位で聴衆を集め、人々は熱い視線で彼女をスマホで撮影していた。 人気の理由として、高市首相の外国人政策や対中姿勢など「強い態度」が保守層を呼び戻したという調査もあるが、私が注目するのは、若い世代の動向だ。朝日新聞と大阪大学が実施した意識調査によると、自らの政治的立場を「左寄り」と認める人でも40代以下は自民党を選ぶ人が最多。なかでも10~30代の「左寄り」は、34%が自民党を選ぶ一方、新党「中道」は9%にとどまった。多様性や個人の自由、人権を尊重する政策には、新党の方が積極的であるのにもかかわらずだ。「初の女性首相」がもたらす好印象は、高齢男性2人を掲げた新党をはるかに上回ったといえるだろう。 |
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高市首相が自身の信任投票と位置付けた厳冬下の総選挙は、党勢低迷に苦しんだこの1年余の反動のような自民党の歴史的大勝で決着した。香港紙South China Morning Postは1面で、赤いバラをつける首相をメイン写真に自民大勝を報じている。New York Times、Washington Postは中面の主力材で順当な扱いだが、ともに1面に関連記事の見出し有り。Wall Street Journalは週末版と9日と続けて1面に掲載。スーパーボウル、五輪がある中で総じて関心が高いと言える。 勝因の1つは、昭和の公明・民社連携の再現のような名が付いた中道改革連合の自滅だろう。さらに、存立危機事態、いわゆる台湾有事発言を機に中国が強硬な高市攻撃を展開した。危機感や反発を抱いた有権者は少なくなかったはずである。処理水/汚染水問題と同じく中国はまた「話語権」戦略に失敗したのだ。この多数は有権者の期待の大きさである。大きな権力は時に腐敗も招く。数におごらぬ政権運営と、「日本列島を、強く豊かに」する公約の実現が求められる。 |
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議席以上に支持の規模が見えるのは得票率だ。有権者数から見た自民党の絶対得票率は小選挙区で27%、比例区で20%ほどで、安倍政権下で大勝した2017年を上回った。勝利の要因は様々だが、ファクトチェッカーとして注目したのは、情緒を刺激するショート動画の氾濫だった。多くは匿名発信者によるもので、自民党にポジティブ、野党にネガティブ。政策論争などではなく、政治家個々人を称賛または揶揄するものばかり。論理の欠片もないために検証すらできないものも多かった。 例えば、最も見られた動画タイトルは「【総理の朝】お化粧パタパタってやってます!」だ。これらの多くは高市人気にあやかって利益を上げようとしたYouTuberたちによるものだろう。暴力的なアルゴリズムが論理も根拠もない動画を拡散させた。与党は「追い風になった」と喜んでいる場合ではない。この風はいつでも向きを変える。自分たちに有利で安定議席を獲得したからこそ、規制の議論に取り組んでもらいたい。より健全な民主主義を守るために。 |
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映画『十二人の怒れる男たち』をご存知だろうか。死刑求刑を受けた少年の裁判に臨む見ず知らずの12人。状況証拠は被告人の犯行を示唆するものばかり。当初、ヘンリー・フォンダ演じる「陪審員8番」を除き、全員が有罪との心証で一致する。今回の衆議院議員選挙の結果に、冒頭シーンをふと思い出した。高市政権にとっては、円滑な政権運営をもたらす好機である一方で、民主主義の歴史を振り返るとき、いかなる政党であれ、特定政党の圧倒的勝利には、危機感を抱かざるを得ない。 「陪審員8番」は、自らの疑問を押し付けることはせず、耳を傾ける。そんな姿勢に、気弱な陪審や移民の陪審が徐々に自分の経験を話し出す。観客は、銀行員、証券会社、機械工、退職した老人、建築家など、人種も育ちも全く異なる12人が、それぞれの経験や視点に基づく議論を行うことでこそ、時間はかかるものの、1つの事実が多面的に評価される過程を追体験することができる。私は、民主主義の質を、正解のわからない「結果」ではなく、その「過程」で評価したい。 |